探究とアントレプレナーシップ

「夢中になれることを見つけなさい」と、大人はよく言う。だが、どうすれば夢中になれるのかを教えてくれる大人は、ほとんどいない。私は美術大学の大学院で、そして大人向けのワークショップの現場で、人が夢中になる瞬間をくり返し見てきた。そこには、はっきりとした条件があった。条件は四つある。ただし、最初の三つを揃えても、まだ足りない。
この記事の要点
夢中の入り口は、自分の「関心事」を棚卸しするところにある
深める鍵は「身体性」。手を動かしながら考えると、思考は飛躍する
もう一つ、「心理的安全性」が要る。評価の視線があると、人は手を止める
ただし、この三つはすべて自分の内側にある条件である
四つ目は、外側にある。そこを越えないと、夢中は趣味で終わる
夢中の、入り口
「好きこそ物の上手なれ」「やらされる100時間より、夢中の1時間」。『夢中』に対する世間の称賛は多い。古くは『論語』にも「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とある。知っているだけの者は、好きな者にかなわない。好きな者も、楽しんでいる者にはかなわない。二千五百年前から、人間は同じことを言い続けている。
そもそも夢中とは、物事に心を奪われ、我を忘れて没頭している状態を指す。
では、どうすれば夢中になれるのか。
諸説あるが、私は「自らの心からの関心事と向き合うこと」だと考えている。幼い頃、公園で友人と遊んでいたら、いつの間にか夕方になっていた。レゴブロックで思い描いた城を組み、段ボールでロボットを作り、親に「もうご飯の時間よ」と呼ばれるまで手を動かし続けていたといった経験は誰しも持っているだろう。
それでは、10代あるいは大人になった今、どうすれば再びそのような「関心事」を発見できるのか。まずは過去の経験や自分の素直な想いを棚卸し、「自分の心が何にワクワクするのか」を見つめ直すことが第一歩となる。とはいえ、それは一朝一夕に見つかるものではない。常に自分の内面と向き合い続ける継続的な姿勢が求められる。

深める鍵は、身体性
次に関心事を深める鍵となるのが、「身体性」である。
自らの身体を動かし、関心事と向き合い、研鑽を積むこと。私がかつて学んだ武蔵野美術大学の大学院では、この「身体性」をとても大切にしている。なぜなら、頭の中だけで考え抜くのではなく、手を動かしながら考える「Think through making(考えるために作る)」ことこそが、思考をより深く、飛躍させるからだ。正解のない不確実な問いに向き合うとき、言葉や論理だけでは必ず限界が訪れる。だからこそ、物理的な素材に触れ、身体感覚をフル活用して試行錯誤を繰り返す「不確実性に対する身体的アプローチ」が、思いもよらない気づきや突破口を生み出すのである。
そして、その本質的な価値は大人であっても、社会という場においても変わらない。私はそれを、自らの経験から確信している。自治体や民間企業の従業員を対象とした新規事業創出のワークショップにおいて、私は「自ら手を動かしてプロトタイプ(試作品)を製作する」という工程を中心に据えている。材料には段ボールや厚紙、モールなど、昔よく遊んだ工作道具を用いる。久しぶりの経験に、最初は躊躇していた大人たちであっても、いざ手を動かし始めると、作品との対話に時を忘れて没頭していく。
ここで重要なのは、単なるモノづくりをしているわけではないということだ。自らの内なる「問い」をカタチにし、手を動かして造形として構築していくプロセスにこそ深い思考が内包されており、その連続的な対話が人を夢中にさせるのである。
もう一つの条件、心理的安全性
三つ目に欠かせないのが、「心理的安全性」である。
特に大人や10代の若者は、周囲の評価や視線に敏感だ。それは本人たちが悪いわけではなく、これまで、そして、今いる環境がそうさせているに過ぎない。だからこそ、「to the Best.|AI探究ラボ」では、「頭の中の構想は、造形にして初めて見えてくる」という前提を共有し、まずは手を動かしてカタチにすることを歓迎する空気感の醸成に注力している。身体感覚をフル活用できる場づくりにはじまり、アイスブレイクから講義の進め方、使用するツールへのこだわり、そして肯定的なフィードバックを通じて、誰もがこのプロセスに没入できる環境をデザインしている。
この思考と実践のサイクルを恐れることなく重ねることで、かつて時間を忘れて没頭したあの「夢中」を、自らの力で引き出すことができる。
ここまでで、夢中は起きる。だが、まだ閉じている。
そして、外に出す
関心事、身体性、心理的安全性。この三つは、すべて自分の内側にある条件だ。三つが揃えば、夢中にはなれる。だが、そこで止まれば趣味で終わる。
四つ目の条件は、外に出すことである。
外に出すとは、二つのことを指す。カタチにすることと、伝えることだ。
目に見える造形にしなければ、それはきみの中の構想のまま終わる。頭の中にある限り、誰にも見えない。そしてカタチにしただけでも、まだ足りない。自分の夢中を人に理解させ、動いてもらうこと。ここが抜けると、社会は動かない。
学びを結果に変えなければ、すべては自分の中の趣味で終わる。
インプットより、アウトプット
ここで、インプットとアウトプットという言葉を整理しておきたい。
インプットとは、情報や知識を自分の中に入れること。公教育の学習は、時間の配分でいえばこちらが多い。基礎的な知識の習得には、この方法が適している。アウトプットとは、自分の中にあるものを外に出すことである。
ところが、学習効果という点で、この二つは対等ではない。
心理学者のロディガーとカーピキーが2006年に行った実験がある。学生に文章を読ませ、一方には繰り返し読み直させ、もう一方には読み返さずにテストを受けさせた。5分後に測ると、読み直した学生のほうが成績がいい。ところが1週間後に測ると、順位が逆転する。テストを受けた、つまり外に出した学生のほうが、はるかに多く覚えていた。※1
論文の結論は一行である。テストは学習を測る手段ではなく、学習そのものを強める手段だ。
知識は、使ったときに初めて重要な情報として扱われる。入れ続けるより、出したほうが残る。
だからAI探究ラボでは、アウトプットを重視している。
1サイクルの中に、必ずプレゼンテーションの場がある。大人や保護者、他の生徒による講評の時間も設けている。地域性のあるテーマであれば、自治体の担当者や、その事業を実際に手がけているプロの大人を呼んで講評してもらう。
もちろん、全員がきみの味方だ。よりよくするという観点から、建設的な意見をくれる。心に火を灯してくれる。きみはますます夢中になる。
ここから先は、この記事を読んでいる保護者の方の隣にいる、本人に向けて書く。
きみはこの1か月で、どれくらいアウトプットしただろうか。TikTokやInstagramへの投稿も、たしかにアウトプットではある。では、自分が夢中で調べたこと、手を動かしてつくったものを、筋道を立てて誰かに伝えたのは、何回あっただろうか。
外に出さなければ、学びの効果は限られる。そして、人は動かない。きみの夢中は社会をよりよい方向に変えられるかもしれないのに、誰にも届かないまま、誰も動かせないまま、きみは大人になってしまう。
夢中は、内側で起きる。だが、外に出したときに初めて、力になる。
その火がどこまで行くのかは、別の記事(「未来をつくる、探究。そして、アントレプレナーシップ」)に書いた。
文=石黒 大洋(創業者)
FAQ
Q. うちの子は、何も夢中になっていないように見えます 。
A. まだ関心事に出会っていないだけです。夢中は性格ではなく、条件が揃ったときに起きる状態なので、いまの様子から先を判断する必要はありません。家庭で見ておけるとしたら、成績ではなく、言われていないのに自分から始めたことが何かあるか、という一点です。それが小さくても、入り口はそこにあります。
Q. 人前で発表するのが苦手です。プレゼンテーションがあると聞くと、身構えてしまいます。
A. 苦手なままで構いません。ここでのプレゼンテーションは、上手に話す訓練ではなく、自分がつくったものを人に渡す練習です。渡すものが手元にあるかどうかのほうが、話し方よりずっと大きく効きます。だから順番を、つくる、渡す、の順に固定しています。話すことから始めさせません。
Q. 身体性って何ですか。経営コンサルタントやファンドマネージャーなどのホワイトワーカーでも使っているんですか。
A. 身体性とは、頭の中だけで考えるのではなく、自らの身体を動かし、環境と関わりながら思考することです。認知科学では「身体性認知」と呼ばれ、人間の思考や判断は脳だけでなく、身体の状態や動作、環境との相互作用から生まれると考えられています※10。 特に企画段階で求められることが多く、一流の経営コンサルタントやファンドマネージャーなどのホワイトワーカーの現場でも、方眼紙やペン、付箋、模造紙などのアナログツールを使い、自らの手を動かして思考することが重視されています。私がこれまで携わってきたコンサルティングファームでは、どこもそうしたツールをコンサルタントが無料で自由に使えるよう常備していました。外資系のファームのなかには、ワークショップ専用の拠点や専属スタッフを構え、クライアント企業やステークホルダーを招いて、手を動かしながら何時間も思考するワークショップを開催しているところもあります。
Q. 作品は、AIがつくるのですか。
A. 違います。AI探究ラボでは、AIだけで最終アウトプットをつくることはありません。デジタルの作品であっても必ず人の手を加えますし、AIで思考を広げたうえで、段ボールや紙のアナログなプロトタイプに落とすこともあります。AIは考えを前に進める道具であって、代わりに考える存在ではありません。
脚注
※1 Roediger III, H. L., & Karpicke, J. D. (2006). "Test-Enhanced Learning: Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention." Psychological Science, 17(3), 249–255.