探究とアントレプレナーシップ

子どもに、どんな大人になってほしいか。
私は親として、そして教育事業者として、何度も考え抜いて、ひとつの結論に至った。自分らしいBestを生きてほしい。偏差値でも学歴でも会社でもない。自身の心が躍るビジョンを見つけ、戦略を立てて進んでいく。一度決めたら終わりではなく、環境や心の変化に合わせて、生涯、学び続けて自らをアップデートしていく。それがBestと考えている。
では、その力はどこで育つのか。ここから書きたいのは、「アントレプレナーシップ」という言葉についてである。
この記事の要点
世界の、そして日本の教育の狙いは、すでに移っている。手順を再現する人ではなく、変革する人を育てる方向へ
起業家の97.6%は勤務経験者。就職と起業は対立ではなく、ひとつのプロセスである
アントレプレナーシップは、事業を起こす技術ではない。国の定義でも、最後は「精神」で終わっている
大学入学者の53.6%は、すでに総合型選抜・学校推薦型選抜で入っている
では、その精神はどこで育つのか。そして、公教育が示せないものは何か
変化の激しい時代に、何を望むか
現代、社会の変化は速く、先はほとんど読めない。10年後にどんな仕事が残っているかを、確信をもって言える大人はいない。
かつては違った。高度経済成長期の産業化社会では、決められた手順を正確に、速く、間違いなく再現できる人が求められた。教育もそれに合わせて設計されている。同じ内容を、同じ順番で、同じ速さで習得させ、答えのある問いに速く正確に答える訓練をする。あの時代には、それが最適解だった。そして、カイゼンが得意な日本人は世界で成功を収め、日本企業はジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれた。あれから30年余り、この期間はいま「失われた30年」と呼ばれている。
令和のいまは、前提が違う。OECD(経済協力開発機構)が2019年に示したラーニング・コンパス2030は、これからの学習者に求められるものを、不確実な状況のなかで自らの進む方向を定め、行動し、振り返って修正していくことだと整理した。そして目指す先を、個人のWell-beingだけでなく、地球全体のWell-beingに置いた。他者と協働して考え、行動することが前提になっている。※1
「人生100年時代」の提唱者で、組織論・人材論の世界的権威であり、ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授は、人生が教育・仕事・引退という3つのステージをたどる前提そのものが崩れると論じた。学ぶ時期が人生の最初の20年に閉じている、という設計が、もう成り立たない。※2
世界の、そして日本の教育の狙いは、すでに移っている。決められた手順を再現する人ではなく、変革する人を育てる方向にである。
アントレプレナーシップとは何か
アントレプレナーシップとは、自らが本気で向き合いたいと思える問いを立て、それに向き合い続けることである。
文部科学省はこれを、「与えられた環境のみならず、自ら枠を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく精神」と定義している。※3 注目したいのは、定義の最後が「精神」で終わっている点だ。事業を起こす技術のことではない。ものの見方と態度のことである。
だから、この精神が育ったからといって、起業家になる必要はない。起業を選ばなかったとしても、世の中に新しい価値を創り出そうとする気概と行動力が失われるわけではない。企業のなかで新規事業を立ち上げるときにも、身近な課題を解決するときにも、同じものが働く。実践を通してしか養われないという点も変わらない。
そして、この精神が育つと、ひとつ大きな結果がついてくる。自らの仕事を選べるようになる、ということである。
新しい価値を創り、社会に実装できる人は、いつの時代も足りていない。足りていないものを持っていれば、選ばれる側ではなく、選ぶ側に回れる。好きな仕事を、自分に合った働き方で続けられる。それは個人のWell-being、つまり心身ともに満たされた豊かな状態に、そのまま直結する。
国が描く未来の人材像とも、重なっている
この考え方は、国の方針とも重なっている。
経済産業省が2018年から進めている「未来の教室」プロジェクトは、翌2019年にまとめた「未来の教室」ビジョンで、教育の目的をこう置いた。一人ひとりが未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)に育つ環境づくりが必要である、と。※4
その第一の柱が「学びのSTEAM化」である。教科知識を習得すること(=「知る」)と、探究のなかで知識に横串を刺し、未知の課題やその解決策を見出すこと(=「創る」)とが循環する学び、と説明されている。※4
「知る」と「創る」が循環する。これは、AI探究ラボで届けているカリキュラムの根幹とそのまま一致する。
個人のWell-beingと、社会が求める人材像。アントレプレナーシップが育つことは、その両方に効く。好きなことを仕事にして自分の幸せを追求しながら、同時に社会の未来もつくる。
それはつまり、他人に依存せず、自分の生き方そのものをつくれるようになるということだ。
トップ層ほど、起業をキャリアの中核に置いている
ここで、数字を見ておきたい。
まず、起業は若い天才がするものだ、という思い込みを外す。米国国勢調査局の行政データで創業者270万人を追った研究がある。創業時の平均年齢は41.9歳。成長率で上位0.1%、1000社に1社の企業に絞ると、平均は45.0歳まで上がる。50歳の創業者は、30歳の創業者よりおよそ1.8倍成功しやすい。最も成功確率が低いのは、20代前半の創業者だった。※5
日本でも同じ傾向が出ている。日本政策金融公庫の2025年度の調査では、開業時の平均年齢は43.9歳。開業した人の97.6%が勤務経験者で、その平均は21.1年である。開業直前に管理職以上の立場だった人が、50.9%を占める。※6
勤務経験なしで起業した人は、2.4%しかいない。
つまり、就職と起業は対立していない。ひとつのプロセスになっている。
そして、起業を成功させるためのスキルや経験をどこで積むかについて、トップ層の選択は明確だ。東京大学出身の起業家・創業経営者205人を集めたリストでは、マッキンゼー出身が25人、ボストン コンサルティング グループ出身が11人だった。※6 コンサルティングファーム2社だけで36人である。
コンサルや投資銀行に新卒のトップ層が集まる現象を、起業から遠ざかっていると読むのは正しくない。自らの起業を成功させるための研鑽の場として、選ばれた結果である。
かつてのように、サラリーマンこそが安定したキャリアだと信じることは、むしろ逆のリスクを招く。「安定」と思われていた年功序列や終身雇用も、AI時代においては、若者の成長を妨げる重しになっている。収入の面でも、かつて切望された「年収1,000万円」という数字は、いまの東京で住居費と教育費を引いたあとに何が残るかを考えれば、かつての意味を持たない。20代前半で決めた会社に、収入も働き方も仕事のやりがいもすべてを託す。その状態のほうが、むしろ不安定ともいえる。
さらに、人生100年時代である。60代で仕事を終えたあとに、まだ30年以上が残る。預貯金と年金の残高が減っていくのを横目に、公共施設をはしごして節約しながら過ごす老後は、幸せだろうか。家族が巣立ったそのときこそ、社会とのつながりや居場所が人生に大きな意味をもたらすのではないか。シニアになっても、この精神はなお効く。

それでも、公教育では示せない
では、この道を公教育が教えてくれるかというと、教えられない。
学習指導要領に、起業家という進路は載っていない。先生自身が起業した経験を持っているわけでもない。何より公教育では、全員を同じ物差しで公平に評価しなければならない。
一方で、大学側はすでに動いている。アントレプレナーシップ教育は、米バブソン大学、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートをはじめ、日本でも東京大学大学院 情報学環・学際情報学府、慶應義塾大学 総合政策学部・環境情報学部(SFC)、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)、武蔵野美術大学 造形構想学部・大学院造形構想研究科など、大学がいま最も力を入れている領域のひとつである。その証拠に、東京大学は2027年9月、約70年ぶりの新学部としてUTokyo College of Designを開設する。※8
大学への入り口も変わった。令和7年度、大学入学者のうち総合型選抜が19.5%、学校推薦型選抜が34.1%。合わせて53.6%となり、一般選抜の46.4%を上回った。※9
大学は、筆記試験の点数だけでは測れない、個人のマインドや行動をみている。
公教育が悪いのではない。制度の設計が、そうなっているだけである。ただ、公教育の外に補う場所がなければ、この道は子どもの視界に入らない。だから、私はto the Best.を創設した。
AI探究ラボで育つもの
残念ではあるが、いまのto the Best.でアントレプレナーシップ教育のすべてを授けられるわけではない。真の意味でのアントレプレナーシップは、理論や実践、プレゼンテーション、社会実装など、まさに大学で数年をかけて研究・実践し、初めて習得できる領域である。
私たちが育てるのは、アントレプレナーシップのベースである。授業では、生徒本人が夢中になれる環境とテーマで、TTBの三つの力を掛け合わせて学ぶ。Thinkingは問いを立てる力、Technologyは道具を使いこなす力、Buildingはカタチにする力である。1サイクル6回で成果物がひとつ出て、プロの大人や他の生徒からの講評を受けて磨かれる。2周目、3周目と周を重ねるごとに、三つの力は研がれていく。公教育の「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」とも相まって、学習効果はさらに上がるだろう。
AI探究をベースに、早慶やGMARCHといった難関大の総合型選抜を目指す場合には、難関大に特化した専門コースも用意している。入試を突破する力と、手元に残る経験とマインドを渡す設計である。
AIを、掛け合わせる
いま、Anthropic社の「Claude」に代表される自律型AIエージェントが、これまで人間の知的労働とされてきた領域を肩代わりし始めた。波はデジタル空間にとどまらない。ロボティクスと結びついたフィジカルAIの登場で、身体を使う仕事も置き換わりつつある。人間の役割そのものが問い直される時代が来ている。
高等学校での「情報Ⅰ」の必修化が示すとおり、AIを文房具のように使いこなし、自ら課題を見つけて解決策を創る力を育てることは、未来の目標ではなく、いまの前提になった。
一方で、AIは強力だが、あくまでも道具であるということも忘れないでほしい。AIで豊かな未来はつくれない。AIを自分の意志で使いこなし、自らつくっていく姿勢と、実践のスキルが要る。

ここから先は、この記事を読んでいる保護者の方の隣にいる、本人に向けて書く。
きみは1週間に、どれくらいの時間AIを使いこなしているだろうか。検索ツールや雑談相手のまま、終わっていないだろうか。
これからAIとともに未来をつくっていく10代に対して、効果的な思考法も、AIの実践的な使い方も、十分な学びの場があるとはいえない。公教育が追いつくのを待っているあいだに、きみはどちらの武器も持たないまま大人になってしまう。
だからAI探究ラボでは、ここで育てた自分の力に、AIを掛け合わせる。
かつては、何年もの技術習得を経なければたどり着けなかった領域がある。AIは、その距離を大きく縮めた。夢中になるという人間の根源的な力に、人類の叡智であるAIを掛け合わせれば、想定以上の速さで、想像していた以上のものをつくることができる。
そうして、新しい未来をつくっていく。最初は自分のために、次に大切な誰かのために、いつかは社会のために。学校の学びも、仕事も、日常生活も。夢中は、すべてに効く。
夢中を武器にして歩み、自分らしいBestをつくり続ける。その未来像を、きみはどう思うだろうか。
文=石黒 大洋(創業者)
FAQ
Q. 子どもを起業させたいわけではないのですが、それでも関係がありますか
あります。文部科学省の定義は「精神」で終わっていて、職業のことを言っていません。会社員でも、公務員でも、家業を継ぐ場合でも同じものが働きます。むしろ、この精神が育った人のうち、実際に起業する人のほうが少数です。
Q. アントレプレナーシップ、アントレプレナー、アントレプレナーシップ教育は、何が違うのですか
アントレプレナーは「起業家」という職業の名称です。アントレプレナーシップは育てたい力の名称で、事業を起こした人だけが持つものではありません。自ら課題を見つけ、周囲を巻き込み、行動し続ける力そのものを指します。会社員にも、研究者にも、学生にも育ちます。起業は、その力の使い道のひとつに過ぎません。そしてアントレプレナーシップ教育は、その力を育てるためのプログラムです。
Q. アントレプレナーシップと探究学習は、どう関係するのですか
探究は、アントレプレナーシップの土台です。これは当社独自の見解ではありません。文部科学省はアントレプレナーシップ教育を「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりすることができる知識・能力・態度を身に付ける教育」と定義しています。定義のなかに、探究が直接書き込まれています。※3
世界でも同じです。アントレプレナーシップ教育の世界的な拠点である米バブソン大学は、「Entrepreneurial Thought & Action(考え、行動する)」を教育の中核に据えています。分析して未来を予測するのではなく、手元にあるもので小さく行動し、そこから学び、学んだことの上に次を組み立てる。この循環を回し続けることそのものを、鍵としています。※10
つまり、自分で問いを立て、調べ、試し、カタチにし、人に渡す。この一周が、そのままアントレプレナーシップの筋肉になります。順番は逆になりません。問いを立てた経験のない人間に、新しい価値を生み出すことは難しいと考えています。
Q. AI探究ラボに通えば、アントレプレナーシップは身につきますか
アントレプレナーシップのベースは育まれますが、すべては身につきません。問いを立て、道具を使い、カタチにして、人に渡す。この一周を何度も通した経験があるかどうかで、大学以降の学びの伸びが変わります。完成させる場所ではなく、火を点ける場所だと考えています。
Q. 小学5年生から始める意味はありますか
早く始めた分だけ、周を多く回せます。ただし、大事なのは年齢の早さではなく、外に出した回数のほうです。自分でつくったものを、家族以外の誰かに渡した経験が何回あるか。そこで初めて、精神は動きます。
脚注
※1 OECD「Learning Compass 2030」(2019年)
※2 リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』池村千秋訳、東洋経済新報社、2016年
※3 文部科学省「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」
※4 経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言「未来の教室」ビジョン(2019年6月25日)
※5 Azoulay, Jones, Kim & Miranda "Age and High-Growth Entrepreneurship", American Economic Review: Insights(2020年)
※6 日本政策金融公庫「2025年度 新規開業実態調査」(n=2,165)
※7 FastGrow「全205人 未上場企業含む。東大出身起業家・創業経営者リスト」
※8 東京大学「UTokyo College of Design」(2027年9月開設予定)
※9 文部科学省「令和7年度 国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況調査」
※10 Babson College 「Entrepreneurial Thought & Action®」(手元にある手段から始める→小さく行動する→学んだことの上に組み立てる→振り返る)