教育観
2026.08.10

「探究、どうだった?」と聞いても、答えが返ってこない
「学校で探究が始まったけれど、うちの子が何をしているのか、正直よく分かりません」
保護者から、この話をよく聞く。プリントは持ち帰ってくる。発表もしたらしい。けれど、それが何のための時間だったのかは、親にも本人にも説明できない。
探究という言葉が学校に入ってきて、まだ数年である。分からないのも当然だと思う。
学校の探究で、いま起きていること
高等学校では、2022年度の入学生から「総合的な探究の時間」が必修になっている。小学校は2020年度、中学校は2021年度から、「総合的な学習の時間」の中で探究的な学びが重く位置づけられた※1。
文部科学省の教育課程部会が2025年10月にまとめた資料には、小中高を通して、この時間の現状と課題が整理されている※2。とりわけ、先行して必修化された高校では、課題がはっきり見え始めている。
挙がっているのは、授業が調べ学習で終わってしまうこと。カリキュラムの設計に困難を感じる教員が多いこと。特定の教員に負担が偏ること。そして、個人の興味関心が十分に考慮されない例が多く、グループ探究が主で、個人探究の位置づけが不十分であること。
認定NPO法人カタリバが高校教員340名に行った調査では、探究の推進に課題を感じている教員が9割を超えた※3。ここで注目したいのは、この調査の対象が「全国高校生マイプロジェクト」に取り組んだ学校の教員だという点である。探究に熱心な学校で、この数字が出ている。
私も、探究に熱心だと評価される複数の高校で、講師として現場に入ってきた。そこで感じたことは、この資料に書かれていることと、ほとんど同じだった。
探究は、調べてまとめる時間ではない
探究は、調べて、まとめて、発表する時間だと受け取られがちだが、本来これは研究である。そして研究には、方法がある。問いの立て方、調べ方、確かめ方。
問いをどう立てるかは、教育の現場で研究論文の主題になるほどの論点である※4。つまり、教える側にとっても簡単ではない。
比較をひとつ置く。論理的思考を仕事の中心に置く職種、たとえば経営コンサルタントでは、その訓練だけで新人に3か月から半年をかける。管理職に上がるときにも、もう一度やり直す。当然、日々の実務でも要求され続ける。それだけの時間を要する技術だ、ということである。
高校の探究の場で、方法の学習に割ける時間は、概念の紹介にとどまることが少なくない。紹介すらないまま「問いを立てなさい」となる場面も見てきた。
方法を渡さずに研究させれば、調べ学習になる。これは先生方の力量の問題ではなく、時間の設計という構造の問題である。
もうひとつ、見えにくい問題がある。探究でいちばん大事なのは、自己理解だと私たちは考えている。何が気になるのか、なぜ気になるのか。ところが学校でグループを組むとき、生徒は仲のいい友人と組み、多数の意見に合わせる。これも何度も目にしてきた。テーマは決まる。作業も進む。けれど「自分は何に引っかかっていたのか」には、たどりつかないまま終わる。
自己理解にも、トレーニングが要る。美術大学の制作現場や、企業が新規事業の構想を描く現場では、内省と呼ばれる時間を意図的に取り、ジャーナリングのような方法で、自分が何に反応したのかを言葉にしていく。時間をかけないと出てこないからである。

家庭が見るべき、3つのこと
学校の探究を否定する必要はない。学校でしかできないこともある。そのうえで、家庭から見るときの手がかりを3つ挙げる。
成果ではなく、方法を聞く。 「探究、どうだった?」ではなく、「調べ方って教わった?」と聞いてみるといい。方法を渡されているかどうかで、その時間の質はほとんど決まる。
グループの中で、何を担当したかを聞く。 資料をまとめただけなのか、問いを出したのか。ここに、その子が探究のどの部分に触れたかが出る。
テーマが、本人の中から出たものかを見る。 決まっていたテーマに乗ったのか、自分の引っかかりから始めたのか。前者が悪いわけではないが、後者でなければ自己理解には届かない。
一人の「これが気になる」に個別に付き合うことは、40人を一つの枠で扱う設計の中では、構造的に難しい。だから探究は、授業科目として学校に預けきるものではなく、生き方の側に置いておくものだと私たちは考えている。
探究ラボでは、どうしているか
to the Best.|AI探究ラボは、1クラス6名である。グループでの共同作業を主にしない。一人ひとりが自分の問いを持ち、1テーマを最後まで通す。1周まわるごとに、成果物が1つ残る。
問いから発表まで、6回でひと巡りする。そのうち2回は、全員に向けて教える回にあてている。1回目に社会のいまを知り、3回目に考える道具を渡す。この2回を続けて置かないのは、考える道具は、使う場面の直前に渡さないと身につかないからである。残る4回で、問いを立て、調べて確かめ、カタチにし、人前で発表する。
最初に問いを立てる回に、いちばん時間をかける。ここが自己理解そのものだからである。何が気になるのか、なぜ気になるのか。グループの多数決では、決してたどりつかないところである。
教える回を含めて、何度もこのサイクルを回していくことで、私たちは一つの能力を育てたいと考えている。極めて実践的な能力である。あえて平易な言葉を使うなら、それは「人を動かす力」だ。
言いくるめる技術のことではない。子どもがやりたいと思うことほど、時間も、お金も、行ける場所も、大人が握っている。だから「なぜやりたいのかを説明する力」と、「頭の中のものをカタチにする力」が要る。理屈と実物がそろったとき、まわりはそれを止める理由を失う。総合型選抜・推薦入試などの進路においても、真に問われるのはこの力である。AIは、そのための道具として使う。
そのうえで、引き受けないことを先に断っておく。学校の探究はなぞらない。テーマも強要しない。
私たちがやるのは、その子が自分の問いを見つけて、それを人に通るカタチにするところまでである。それを何度も積み上げた先に、「さて、どう生きようか」という自分なりの問いが立ち上がる。そのための力を手渡す場所でありたいと考えている。
文=石黒 大洋(Founder)
脚注
※1 文部科学省「高等学校学習指導要領(平成30年告示)」(高等学校は2022年度入学生から年次進行で実施)、「小学校学習指導要領(平成29年告示)」(2020年度全面実施)、「中学校学習指導要領(平成29年告示)」(2021年度全面実施)
※2 文部科学省 教育課程部会「総合的な学習・探究の時間に関する現状・課題と検討事項」(2025年10月15日
※3 認定NPO法人カタリバ「高校の探究学習『必修化』から2年、校内組織の設置が8割にのぼるも、教員の9割が依然『課題を感じる』。全国教員向け調査」(2024年5月公表/調査期間2023年12月〜2024年1月/n=340)
※4 福井県教育総合研究所 紀要 第131号「総合/探究のリサーチクエスチョンの立て方の再検討 ——『高志学』での実践をふりかえって」
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