探究とアントレプレナーシップ
夢中を、武器にする

「夢中になれることを見つけなさい」と、大人はよく言う。だが、どうすれば夢中になれるのかを教えてくれる大人は、ほとんどいない。私は美術大学の大学院で、そして大人向けのワークショップの現場で、人が夢中になる瞬間をくり返し見てきた。そこには、はっきりとした条件があった。そして、その条件を満たした先に手に入るものは、「好きなこと」よりもはるかに射程の長い力だった。
この記事の要点
夢中の入り口は、自分の「関心事」を棚卸しするところにある
それを深める鍵は「身体性」。手を動かしながら考えることで、思考は飛躍する
そしてもう一つ、「心理的安全性」が要る。評価の視線があると、人は手を止める
この三つが揃った先に待っているのは、アントレプレナーシップの獲得だった
それは、国が掲げる「未来の人材像」とも、深く重なっている
夢中の、入り口
「好きこそ物の上手なれ」「やらされる100時間より、夢中の1時間」。『夢中』に対する世間の称賛は多い。古くは『論語』にも「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とある。知っているだけの者は、好きな者にかなわない。好きな者も、楽しんでいる者にはかなわない。二千五百年前から、人間は同じことを言い続けている。
そもそも夢中とは、物事に心を奪われ、我を忘れて没頭している状態を指す。
では、どうすれば夢中になれるのか。
諸説あるが、私は「自らの心からの関心事と向き合うこと」だと考えている。幼い頃、公園で友人と遊んでいたら、いつの間にか夕方になっていた。レゴブロックで思い描いた城を組み、段ボールでロボットを作り、親に「もうご飯の時間よ」と呼ばれるまで手を動かし続けていたといった経験は誰しも持っているだろう。
それでは、10代あるいは大人になった今、どうすれば再びそのような「関心事」を発見できるのか。まずは過去の経験や自分の素直な想いを棚卸し、「自分の心が何にワクワクするのか」を見つめ直すことが第一歩となる。とはいえ、それは一朝一夕に見つかるものではない。常に自分の内面と向き合い続ける継続的な姿勢が求められる。
深める鍵は、身体性
次に関心事を深める鍵となるのが、「身体性」である。
自らの身体を動かし、関心事と向き合い、研鑽を積むこと。私がかつて学んだ武蔵野美術大学の大学院では、この「身体性」をとても大切にしている。なぜなら、頭の中だけで考え抜くのではなく、手を動かしながら考える「Think through making(考えるために作る)」ことこそが、思考をより深く、飛躍させるからだ。正解のない不確実な問いに向き合うとき、言葉や論理だけでは必ず限界が訪れる。だからこそ、物理的な素材に触れ、身体感覚をフル活用して試行錯誤を繰り返す「不確実性に対する身体的アプローチ」が、思いもよらない気づきや突破口を生み出すのである。
そして、その本質的な価値は大人であっても、社会という場においても変わらない。私はそれを、自らの経験から確信している。自治体や民間企業の従業員を対象とした新規事業創出のワークショップにおいて、私は「自ら手を動かしてプロトタイプ(試作品)を製作する」という工程を中心に据えている。材料には段ボールや厚紙、モールなど、昔よく遊んだ工作道具を用いる。久しぶりの経験に、最初は躊躇していた大人たちであっても、いざ手を動かし始めると、作品との対話に時を忘れて没頭していく。
ここで重要なのは、単なるモノづくりをしているわけではないということだ。自らの内なる「問い」をカタチにし、手を動かして造形として構築していくプロセスにこそ深い思考が内包されており、その連続的な対話が人を夢中にさせるのである。

もう一つの条件、心理的安全性
もう一つ欠かせない要素が、「心理的安全性」である。
特に大人や10代の若者は、周囲の評価や視線に敏感だ。それは本人たちが悪いわけではなく、これまで、そして、今いる環境がそうさせているに過ぎない。だからこそ、「to the Best.|AI探究ラボ」では、「頭の中の構想は、造形にして初めて見えてくる」という前提を共有し、まずは手を動かしてカタチにすることを歓迎する空気感の醸成に注力している。身体感覚をフル活用できる場づくりにはじまり、アイスブレイクから講義の進め方、使用するツールへのこだわり、そして肯定的なフィードバックを通じて、誰もがこのプロセスに没入できる環境をデザインしている。
この思考と実践のサイクルを恐れることなく重ねることで、かつて時間を忘れて没頭したあの「夢中」を、自らの力で引き出すことができる。
その先にある、アントレプレナーシップ
そして、その行き着く先にあるのが「アントレプレナーシップ(起業家精神)」の獲得である。
アントレプレナーシップとは、自らが本気で向き合いたいと思える問いを立て、それに向き合い続ける力のことだ。文部科学省も、これを「様々な困難や変化に対し、与えられた環境のみならず自ら枠を超えて行動を起こし、新たな価値を生み出していく精神」と定義し、起業家を育成するためだけのビジネス教育ではないと明記している※1。
つまり、これを獲得したからといって、必ずしもアントレプレナー(起業家)になる必要はない。起業を選択しなかったとしても、世の中に新しい価値を創り出そうとする気概や行動力は決して失われない。それは、企業内での新規事業創出やイノベーションの牽引はもちろん、身近な社会課題や日常の課題解決まで、あらゆる場面で活きる汎用的な力となる。
また、この力を身につけることは、「自らの仕事を選べるようになる」という大きな結果をもたらす。新しい価値を創造し、社会に実装できる人材は、いつの時代においても世界を切り拓いてきた必須の存在だからだ。社会から強く求められるからこそ、自分で仕事を選べるようになる。好きな仕事や自分に合った働き方を自由に選択できることは、個人の「Well-being(心身ともに満たされた豊かな状態)」の実現に直結する。
さらにこの考え方は、国が掲げる「未来の人材像」とも深く重なっている。
経済産業省が2018年から進めている「未来の教室」プロジェクトは、翌2019年にとりまとめた「未来の教室」ビジョンにおいて、子どもたちを「未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)」へと育むことを教育の目的に掲げた※2。そして、その第一の柱として示されたのが「学びのSTEAM化」——「知る」と「創る」が循環する学びである。これは、AI探究ラボで届けているカリキュラムの根幹と完全に一致している。
個人のWell-beingの実現と、国や社会が求める未来の人材像。アントレプレナーシップの獲得は、その両方に寄与する。自分の好きなことを仕事にして個人の幸せを追求しながら、同時に社会の豊かな未来も創造していく「両取り」が可能になる。それはつまり、他人に依存することなく、「自分自身の生き方そのものを創り出せるようになる」ということに他ならない。
AIを、掛け合わせる
現在、Anthropic社の「Claude」などに代表される自律型AIエージェントが台頭し、これまで人間の知的労働(ホワイトカラー)とされてきた領域の仕事をAIが代替する現実がすでに起きている。
こうした激動の時代を見据え、国の教育指針もすでに大きく舵を切っている。文部科学省による高等学校での「情報Ⅰ」の必修化や、経済産業省が推進する「未来の教室」プロジェクトに見られるように、AIを文房具のように使いこなし、自ら課題を発見して解決策を創造する能力の育成は、もはや未来の目標ではなく、今の教育現場における大前提となっている。
今後、AIエージェントがさらに発展すれば、日常のあらゆる複雑な知的作業がAIに委ねられる社会が到来する。さらに、その波はデジタル空間にとどまらない。ロボティクスと結びついた「フィジカルAI」の登場により、これまで人間の身体能力に頼っていた肉体労働(ブルーカラー)の領域までもが代替されつつある。人間の「役割」そのものが、根本から問い直される時代が来ているのだ。
しかしながら、AIは強力ではあるが、あくまでも道具である。その存在を知っているだけでは意味がなく、自らの意志で「使いこなす」実践的なスキルが不可欠となる。
ここで少し、自分の胸に手を当てて振り返ってみてほしい。キミは1週間にどれくらいの時間、AIを使いこなしているか。ただの“検索ツール”として使うレベルに留まってはいないか。
これからAIと共に豊かな未来を創造していくはずの10代に対し、現状では効果的な「思考法」と「AIの実践的な活用法」、そのいずれも十分な教育環境が提供されているとは言い難い。公教育の拡充をただ待っているだけでは、キミはどちらの武器も持たないまま大人になってしまう。
だからこそ、AI探究ラボでは、ここで育んだ自らの力に、AIを掛け合わせる。
かつては、何年もの技術習得を経なければたどり着けなかった領域がある。AIは、その距離を大きく縮める強力な道具だ。夢中になるという人間の根源的な力に、人類の叡智であるAIを掛け合わせれば、想定以上の速さで、想像していた以上のモノを創造することができる。
そうして、新しい未来を創っていく。最初は自分のために、そして大切な誰か、いつか社会のために。学校の学びも、仕事も、日常生活も。「夢中」は、すべてに効く。
夢中を武器にして歩み、自分らしい”Best”をつくり続ける自身の未来像を、キミはどう思うだろうか。
文=石黒 大洋(創業者)
FAQ
Q. アントレプレナーシップ(起業家精神)と、アントレプレナー(起業家)、そしてアントレプレナーシップ教育(起業家教育)は何が違うのですか?
アントレプレナーは「起業家」という職業の名称で、アントレプレナーシップは「育てたい力」の名称である。事業を起こした人だけが持つものではない。自ら課題を見つけ、周囲を巻き込み、行動し続ける力そのものを指す。会社員にも、研究者にも、学生にも育つ。起業は、その力の使い道のひとつに過ぎない。そして、アントレプレナーシップ教育は、その力を育てるためのプログラムである。
Q. アントレプレナーシップと探究学習は、どう関係するのですか?
探究学習は、アントレプレナーシップの土台である。これは当社独自の見解ではなく、国と世界の教育機関が共通して採っている定義である※3。
文部科学省はアントレプレナーシップ教育を、「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりすることができる知識・能力・態度を身に付ける教育」と定義している。定義のなかに、探究が直接書き込まれている。
同じく文部科学省が高校に置いている「総合的な探究の時間」は、「課題の設定」→「情報の収集」→「整理・分析」→「まとめ・表現」を一周する学びとして設計されている。経済産業省「未来の教室」ビジョンの第一の柱も、「知る」と「創る」が循環する「学びのSTEAM化」である。
世界でも同じだ。アントレプレナーシップ教育の世界的な拠点である米バブソン大学は、「Entrepreneurial Thought & Action(考え、行動する)」という方法を教育の中核に据えている。分析して未来を予測するのではなく、手元にあるもので小さく行動し、そこから学び、学んだことの上に次を組み立てる。この循環を回し続けることそのものを、起業家精神の鍵としている。
つまり、自分で問いを立て、調べ、試し、カタチにし、人に渡す。この一周が、そのままアントレプレナーシップの筋肉になる。順番は逆にならない。問いを立てた経験のない人間に、新しい価値は生み出せない。
Q. 作品は、AIがつくるのですか?
違う。AI探究ラボでは、AIだけで最終アウトプットをつくることはない。デジタルの作品であっても必ず人の手を加えるし、AIで思考を広げたうえで、段ボールや紙のアナログなプロトタイプに落とすこともある。AIは考えを前に進める道具であって、代わりに考える存在ではない。
脚注
※1 文部科学省によるアントレプレナーシップの定義。同省はアントレプレナーシップを「様々な困難や変化に対し、与えられた環境のみならず自ら枠を超えて行動を起こし、新たな価値を生み出していく精神」、アントレプレナーシップ教育を「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりすることができる知識・能力・態度を身に付ける教育」と定義し、これが起業家を育成するためだけのビジネス教育ではないことを明記している。(出典:文部科学省「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」公式サイト)
※2 経済産業省「未来の教室」について。「未来の教室」とEdTech研究会は2018年6月25日に第1次提言を公表し、2019年6月25日の第2次提言を「未来の教室」ビジョンとしてとりまとめた。同ビジョンは、子どもたちを「未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)」へと育む教育のあり方を示し、その柱として「学びのSTEAM化(『知る』と『創る』が循環する学び)」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」の3つを掲げている。
※3 探究とアントレプレナーシップの関係について。(Ⅰ)文部科学省はアントレプレナーシップ教育を「自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりすることができる知識・能力・態度を身に付ける教育」と定義している(文部科学省「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」)。(Ⅱ)同省の高等学校学習指導要領にもとづく「総合的な探究の時間」は、探究のプロセスを「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」の4段階として示し、「自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力」の育成を目的に掲げている。(Ⅲ)米バブソン大学の「Entrepreneurial Thought & Action®」は、既存情報を分析して未来を予測するロジックではなく、行動して新しいデータを集めるロジックを基本に置き、「手元にある手段から始める」「小さく行動する」「学んだことの上に組み立てる」「振り返り、正直に見る」を構成要素としている。